札幌地方裁判所 昭和45年(手ワ)228号 判決 1970年10月30日
原告 株式会社水沢商店
右代表者代表取締役 水沢清
右訴訟代理人弁護士 尾崎陞
同 鍛治利秀
同 床井茂
同 大倉忠夫
同 西口徹
被告 株式会社長谷川家具製作所
右代表者代表取締役 長谷川禮治
右訴訟代理人弁護士 藤廣驥三
主文
一、被告は、訴外株式会社光製作所を債権者、原告を債務者、被告を第三債務者とする札幌地方裁判所昭和四五年(モ)第二〇七三号破産宣告前の保全処分決定の効力が消滅した場合、原告に対し、金一七二万六五三五円およびうち金三四万一五四〇円に対する昭和四五年九月五日から、うち金八四万八一七五円に対する昭和四五年七月三日から、うち金五三万六八二〇円に対する昭和四五年八月四日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告の本件その余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は全部被告の負担とする。
四 この判決の主文一項は仮に執行できる。
事実
第一当事者双方の申立
一、原告の請求の趣旨
被告は、原告に対し、金一七二万六五三五円およびうち金三四万一五四〇円に対する昭和四五年九月五日から、うち金八四万八一七五円に対する昭和四五年七月三日から、うち金五三万六八二〇円に対する昭和四五年八月四日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、
訴訟費用は被告の負担とする、
との判決および仮執行宣言を求める。
二 被告の申立
原告の請求を棄却する、
訴訟費用は原告の負担とする、
との判決を求める。
第二当事者双方の主張
一 請求原因
1 被告は、次の記載のある為替手形三通についてそれぞれ引受をした。
(一) 金額 三四万一五四〇円
満期日 昭和四五年六月三日
支払地 札幌市
支払場所 株式会社北洋相互銀行月寒支店
振出地 札幌市
振出日 昭和四五年二月一六日
振出人 株式会社水沢商店代表取締役水沢清
支払人 株式会社長谷川家具製作所
受取人 株式会社水沢商店
(二) 金額 八四万八一七五円
満期日 昭和四五年七月三日
振出日 昭和四五年三月一六日
(その他の記載は(一)に同じ)
(三) 金額 五三万六八二〇円
満期日 昭和四五年八月四日
振出日 昭和四五年四月一五日
(その他の記載は(一)に同じ)
2 原告は、右各手形の所持人であって、右(二)(三)の手形を満期日に支払場所へ呈示した。
3 よって、被告に対し、右各手形金および(一)の手形については本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年九月五日から完済に至るまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金、(二)(三)の各手形についてはそれぞれの満期日から各完済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息金の各支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
請求原因事実はすべて認める。
三 抗弁
1(一) 本件各為替手形は、いずれも被告の原告に対する家具類買掛金債務支払のために引き受けたものである。
(二) 右原因債権たる原告の被告に対する家具売掛金債権は、昭和四五年五月一〇日現在において二四〇万三五九〇円であった。
(三) 訴外株式会社光製作所は札幌地方裁判所に対し原告を債務者として破産の申立をし、同裁判所は、昭和四五年九月一六日、同庁昭和四五年(モ)第二〇七三号の破産宣告前の保全処分として右(二)の売掛金債権につき「債務者が第三債務者に対して有する別紙目録記載の債権を仮に差押える。第三債務者は右差押にかかる債権を債務者に支払ってはならない。」との決定を発し、この決定正本は、同年九月一九日、第三債務者たる被告に送達された。
2 被告は長年にわたり原告から家具類を購入してきたものであるが、昭和四五年五月八日、原告会社代表取締役水沢清が、突如、原告会社の資産約四〇〇〇万円をもって行方をくらましたため、同日以降原告会社からの仕入れが不可能となり、得意先に対する信用の失墜および売上の減少によって多大の損害を蒙った。
3 前記1(一)のとおり、本件各為替手形は、被告の原告に対する家具類買掛金債務支払のために引き受けたものであるが、原被告間の長年にわたる取引中の不良品返品分および値引分を計算すると、本件手形金を支払うと過払いになる。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1の(一)の事実は否認する。同(三)の事実中被告主張の保全処分決定のあったことは認めるが、同決定正本が被告に送達されたことは知らない。
2 抗弁2の事実は否認する。
3 抗弁3の事実も否認する。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 原告の請求原因事実については当事者間に争いがなく、この事実によれば原告は被告に対しその主張のとおりの金銭支払請求権を有するものということができる(本件訴状送達の翌日が昭和四五年九月五日であることは本件記録上明らかである。)。
二 そこで被告の抗弁について考えるに、抗弁23の各事実はいずれもこれを認めるに足る証拠がないうえ、右被告の主張は未だ抗弁となり得ないものであるから、この主張は理由がない。
三 そこで、抗弁1について考える。
1 ≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四五年五月一〇日現在、原告に対し家具類買掛金債務二四〇万三五九〇円を有すること、本件各為替手形はいずれも被告の原告に対する右家具類買掛金債務の一部の支払のために引き受けられたこと、訴外株式会社光製作所は当庁に対し原告を債務者として破産の申立をし、当庁は、昭和四五年九月一六日、昭和四五年(モ)第二〇七三号の破産宣告前の保全処分として、右原告の被告に対する売掛金債権全額につき被告主張の如き決定を発し、この決定正本が同月一九日第三債務者たる被告に送達された事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない(このうち右の如き決定が発せられた事実については当事者間に争いがない。)
2 ところで、債務者(乙)が自己の債権者(甲)から差押または仮差押を受けた第三債務者(丙)に対する債権に基づき第三債務者(丙)を被告として給付請求訴訟を提起している場合に裁判所のなすべき判決如何は、問題のあるところである。
しかして、近時有力な学説および一部の判例は、かかる差押または仮差押によっては債務者(乙)の実体上の履行請求権能は失われず、ただ第三債務者(丙)から現実に弁済を受けることが禁止されるにすぎないとの論拠から、即時給付の判決をするに妨げなく、ただ強制執行手続において右差押等の存在が執行障害事由となるにすぎないと説き、実際上の考慮としても、請求を棄却したのでは後日再訴を必要とするので訴訟経済にも合致しないが、債務名義の形成および強制執行手続の着手までを認めれば、差押債権者としても後日差押債権について転付命令を受けたうえ強制執行手続について承継の手続をとることによって容易に満足を受けられる利点があると論ずるのである。
思うに、差押の相対的効力に関する判例理論を前提とした場合、債務者の給付請求権の絶対的喪失または当事者適格喪失を理由とする請求棄却または訴却下説に従い得ないことは明らかであるが、さればといって、前記有力説の見解にも疑問なきを得ない。
すなわち、右の有力説は、差押の相対効の理論が債権者の利益を現実に害しない限度で債務者の実体的権利を最大限に尊重しようとする点に着目してその理論を構成しているにもかかわらず、その結論に従えば、債務者(乙)が第三債務者(丙)に対して給付判決を得たうえ、第三債務者が第三債務者の債務者(丁)に対して有する債権に対して差押および転付命令を得たとした場合、判例によれば右執行手続は債務者(丙)および第三債務者(丁)に対する転付命令正本の送達によって終了し、その後は執行方法に対する異議や即時抗告による不服申立が許されない結果(即時抗告期間の経過または即時抗告棄却の決定あるまで転付の効果は確定的に発生しないとの学説もあるが、判例はこの見解をとらない。)、債務者(乙)は被転付債権の債務者(丁)から転付債権を取り立てる事態が生じうるものであって、仮に執行障害事由の存在にもかかわらず発せられた転付命令は無効であるとの見解を採ったところで、被転付債権の債務者(丁)のする弁済は第一の差押の存在を知ってしたのでない限り債権の準占有者に対する弁済として有効視されようから、第三債務者(丙)は債務者(乙)に対する債務(被差押債権)の消滅を債務者(乙)に対して主張しうると考えなければならず、かくして、将来差押債権者(甲)が移付命令を得ても第三債務者(丙)から差押債権の弁済を受けることは不可能とならざるを得ない。かくては、有力説たる執行障害説にとっても動かすことのできない前提であるはずの差押債権者保護の要請は満たされないことになるのである。
翻って考えてみると、仮差押を受けた債務者は、仮差押命令が不当なら不服申立によって命令を覆えすことができるし、仮差押命令や本執行による差押が正当なものである場合にはもともと第三債務者に対する債権について満足を得られない立場にあり、かかる場合にある債務者を保護するあまり差押債権者を害したのでは本末転倒のそしりを免れない。
そもそも、いわゆる差押の相対効の理論によると、差押は債務者の仮差押物に対する処分行為を単に事実上禁止するにとどまらず(それが文字どおり事実上の禁止にとどまるのなら差押が執行障害事由となりうるはずがない。)、債権者を害する債務者の処分行為は債権者を現実に害しない限度では有効視される(たとえば、差押が解除されれば処分行為はあらゆる面で有効となるし、不動産強制競売手続において、差押におくれる第三取得者は、自己の所有権取得を理由として競落を阻止することはできなくても、競落代金配当の結果剰余金を生ずれば、所有者として還付にあずかることができる。)が、債権者を害する範囲内では法律上その効力を否定されるのであるから、差押が債務者の実体的履行請求権能になんらの影響を及ぼさないと論ずるのは正当ではない。
このように考えてくると、差押または仮差押が債務者の有する実体的履行請求権能に影響を及ぼすか及ぼさないかを一義的に断定して立論の根拠とすることの当否は疑問であって、差押の相対効という弾力的な理論に見合った妥当な法律上の取り扱いを具体的に考慮することこそ必要であるといわなければならない。
しかして、ここで問題の即時無条件給付の判決の可否については、執行障害事由説によると債権者が害されるおそれがあることさきに述べたとおりである以上、また請求棄却または訴却下説も採り得ないこと前述のとおりである以上、差押または仮差押の効力消滅を条件としての給付判決をするとの見解(大判昭一七・一・一九民集二一・二二。福岡高判昭三一・二・二七高民九・二・七一。)が最も妥当であるということができる。
3 本件における仮差押は破産法一五五条に基づく破産宣告前の保全処分としてなされたものである。
右保全処分は、民訴法上の保全処分とは目的・性格・手続など多くの点を異にしてはいるが、その内容に従って債務者を拘束する効力を有し、債務者が右命令に反する処分行為をしても、その行為は将来破産債権者となるべきすべての債権者に対する関係で無効とされること、しかしその後破産宣告に至らずに破産申立が棄却されまたは取り下げられたときは保全処分に反する債務者の行為も完全に有効である点においては、民訴法上の仮差押の効力と異なるところはないと解されるから、右2に述べたところは本件にもそのままあてはまる。
4 次に、本件において注意すべきは、本訴の訴訟物は為替手形金支払請求権であるところ、破産宣告前の保全処分として仮に差し押えられたのはこれとは法律上別個の存在である家具類売掛金債権である点である。
しかし、本件各為替手形が原告の被告に対する右被差押売掛金債権支払のために引き受けられたこと前認定のとおりである以上、原告は原因債権について被告から対抗される抗弁を本訴為替手形金債権についても対抗される関係にあることは明らかである。
5 以上によれば、被告の抗弁1は理由がある。
四 よって、原告の本訴請求は、前記札幌地方裁判所昭和四五年(モ)第二〇七三号破産宣告前の保全処分の効力の消滅を条件として認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条、九二条但書、条件付給付判決についても仮執行宣言を付し得るものと解されるから(この仮執行宣言があっても主文一項の条件成就を証明して執行文付与を受けない限り執行できないことはいうまでもない。)この点につき民訴一九六条二項を各適用のうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲守孝夫)